今日は痩せたかもしれない日記

痩せたかもしれない時に書きます

ここ最近毎晩阿久津隆「読書の日記」を何日分か読むのが日課になっている。そして青春小説を読むためにかつて読んだことのある青春小説を輸血をするように読み直している。高校生の時に読んだ本を読み返す。何も変わらないと思いつつ過ごしていつの間にか子どもの感情のまま大人になってしまったなんて思っていたけれど、高校生は高校生でもう自分はおじさんだった。文章を読んで若いなんて思ってしまった。青春小説を読み返して青春小説を書く。曖昧な青春を書く。自分の過去の青春は欠落してしまっている。ピースのないパズルのせいでどんな絵だったか思い出せない。廊下からプールが見下ろせたことはなんとなく覚えている。切り取られてしまった風景を思い出すように青春を読む。まだ小説を書けていない。書き始めたら早いだろうか。もうずっと書いていないからどう書いたら良いのか思い出せない。一体何を覚えているのだろう。帰り道の風景も忘れていく。何が残っているだろう。インターネット上の自分は自分に似た誰かのようだし、全てを忘れてしまうのかもしれない。明日で連勤も終わる。急遽一人の勤務になってしまい、どうしようと言ったはずが誰にも聞こえていなかった。