今日は痩せたかもしれない日記

痩せたかもしれない時に書きます

後ろ姿痩せ

日記を書いて身を削れば痩せるかと思ったので書く。

 

お腹を昔のように引きこもりにさせるためにはうつ伏せになることと、鬱屈としていた生活に戻るしかないと思ったけれど時間はなく、うつ伏せになって自分の太った体重と床でお腹をサンドイッチしてどんどん痩せていく。もうお腹と背中がくっついたかもしれない。どうしてお腹が減るのかなという真理の扉までたどり着いたかもしれない。代償は我がぜい肉で!と僕が錬金術師ならば言ったかもしれないし、そうすれば痩せてこの日記も終わる。錬金術を学んで禁忌を犯して真理の扉を開こうとして代償に脂肪を持っていてもらったので痩せました。脂肪の錬金術師でした。というめでたしめでたしで終わることができるのだろうけれど、めでたしめでたしで終わるおとぎ話ではなく現実に脂肪は存在してこの脂肪とどう向き合っていくか。共存はもうできないと決めてしまった。さよなら、と手を振って別れるしかない。その時は振袖のように伸びた二の腕もどうにかなっているはず。

今日は世間は休みなのに働いていて、ツイッターでは昨日アップロードした写真がいいねされている承認欲求だけの力で動く。昨日は天気が良かったのでマットレスをファブリーズして干していたら、風が強くていつの間にか意思を持ったアラジンの魔法のじゅうたんのように隣の家の近くまで落ちてしまっていた。マットレスの自殺だ。もう重たすぎるよ!という私の下に敷かれたくないという気持ちの表れのような自殺だった。僕はそのまま外に出てマットレスを拾い、家に戻る間にベランダから一部始終を見ていたゆかりさんに写真を撮られた。後ろ姿で少し痩せていた。
もしかしたらもう日記を書いたことで痩せ始めているのかもしれない。後ろ姿が痩せているということは、つまりお腹側だけが太っていて他は太っていないのかもしれない。
だとしたらもう半分は痩せている。ゆかりさんに頼んでうつ伏せになっている写真を撮ってもらう。やはり太っていなかった。痩せている。タオルケットを取りに行っていた写真に痩せました?とリプライが来ていた。あ、痩せてしまった。これはもうダイエットしたらガリガリになってしまう。ガリガリになれば、イベントや文学フリマで伊藤さんって意外に大きいのですね、と言われなくなる。大きいのは体ではなく器でありたい。いやもしかしたら文学フリマの時は今のようにそこまで太っていなかったので「伊藤さんって意外に(器は)大きいのですね」ってことだったのかもしれない。でもそれだと意外にが気になってしまうが、気にすることは痩せに繋がりそうなので気にするだけ気にしておこう。
本当に痩せたのかもしれないと思い、一応もう一枚写真を撮ってうつ伏せ姿をゆかりさんに撮ってもらい見せてもらうと、やはり太ってはいなかった。ただ小太りのうつ伏せは何かに失敗して泣いている人にしか見えないことがわかった。


たぶん今日は痩せるような気がする。